小説1 離婚、そしてその後
元夫は犬っころみたいな人だった。裸で抱き合うとお腹に毛が生えていていい匂いのする犬っころ。
でもその犬っころもデブのおじさんになって、私は離婚した。結婚21年目だった。41歳の春。
今私は他の犬っころと一緒にいる。お腹に毛は生えていないけど、デブじゃない、いい匂いのする犬っころ。
最初の犬っころは私の三つ上だったけど、今の犬っころは4つ年下だ。
離婚してもわたしは生活には困らなかった。元夫がいい人で(いや、早く出て行って欲しかったから?)私に200万円くれたし、
その時付き合っていた男から600万円せしめたから。それはその男の全財産だったらしい。
今頃どうしているのかなぁ!もともといい方向に向かうようには見えなかったけど、たぶん会社を首になって、
あんなに嫌いだった実家の世話になっているだろう。とにかく、その間違って好きになって、一瞬だけ付き合っていた男が
私の21年続いた結婚に終止符を打ったのだった。
あれから7年。私は48になった。元夫からのお金も、いい方向に向かわなかった男からせしめたお金もとっくに底をついた。
800万ものお金がたった7年の間に。私はアルバイトを転々として、現在お金持ち相手に訪問介護をする会社で働いている。
と言ってもゆるく。何故なら私には不労所得があるから。生活の大半はそのお金で賄えるので、あとは生活を豊かにする部分ー美味しいものを食べさせたりーそれだけのためだけなので
呑気に。
住まいは都会のアパート、なんと私が生まれた年に建ったアパートだ。でもとても気に入っている。
今どきの一人暮らし用のアパートは人間の住む所じゃないから。例えばコンロが一口しかなかったり、収納も少なく、洗濯ものを干す場所もない。
昔の造りのアパートは快適。二口コンロが置ける、一応キッチンに調理台に使うテーブルも置けるし、窓は二つあって、それぞれに物干しがついている。
床は畳じゃなくフローリングだ。なかなか借り手がつかないようで、そこだけ今どき仕様にしたみたい。
古民家カフェも流行っているし、レトロで風情があるのだ。夏は軒下に風鈴をかけ、冬は昔ながらの湯たんぽで暖を取る。
ある日元夫と暮らす息子から電話があった。もうずっと元夫と揉めている。と言っても悪いのは息子じゃない。
私と別れてからキレやすくなった元夫に辟易として何度もネカフェに避難していた息子が大学を休学していることがトーチャンにバレそうだと。
「もうとっくに辞めたんじゃないんかい」と思ったけど「ならウチに来れば?狭いけど」と言った。
あれが去年の5月、息子がこの狭いアパートに転がり込んでからもう1年以上になる。
と言っても、ずっとウチにいるわけじゃなく、友達の家を転々としてあちこちに居候できる環境を整えたようだ。
今のところ全く落ち着く気配がない。昼過ぎまで寝て、ほとんどゴロゴロしながらスマホで何か見ている。
腹が減ると「飯、なに?」と言う。気が向いたらバイト。それも、数か月前交差点を赤信号で突っ込んできたボンクラのおかげで小金が入りサボりがちだ。
私が予言した通り、保険金が下りてから2か月でそれも乏しくなってきたようだ。溜息ばかりついている。
そりゃあ友達と旨いもんを食べ、飲み、遊んで暮らしていれば当然だ。それでも私は茶化すだけで叱らない。
こんな母親で大丈夫だろうか?なんて不安に駆られることもない。だってこの前マスターが言っていたもの。
「ぼんず、いい奴だなぁ!」と。今の犬っころも「息子君は賢いと思うよ」と言っていた。
何が根拠だかは分からないが。私も「馬鹿じゃないよね」と請け合った。