小説4 マスターとまちこさん
マスターはそんなこと言わないけど、今の犬っころが好きみたいで、私の機嫌が悪くなって「もうウチには入れない」と言うと「どうしたの?」でもなく
「可哀想じゃないか!」と言う。なんでそっちの味方?とは言え私もマスターの3番目の奥さんであるまち子さんの味方だ。
2番目の奥さんであった私の母親とは真逆の、欲のない純粋な、そしてかなり天然なまち子さんは、ランチのホールと夜のバーでカクテルを担当している。
他のことは下手っぴだけど、オムレツだけは何故か絶品!(嘘、嘘。カクテルも美味しいです)私は母は嫌いだけどまち子さんは大好きなのです。
この前犬っころとお好み焼きを食べに行った後お店に寄って一杯飲んだ時、今の犬っころが鍋のまま食べるラーメンが旨いと言う話をしたら、
例によって真面目な顔で「お坊さんも鉢一つで顔を洗ったり色々するのよ」と言うので「お坊さんの思想と、鍋でラーメン食うのとは違うと思う」と突っ込んだら、
その時初めて自分のボケに気づいたという顔で笑った。可愛いまち子さん。
アラームが鳴ったのでテレビをつける。ハートネットTVは毎日見ている。仕事のことはこれでも真面目に考えていて、福祉関係の番組を見たり、
2か月前から家政士検定の勉強もしている。11月に試験だ。毎日30分勉強すると決めて、ちゃんと守っている。家事、介護、子育て、コミュニケーション法、マナー・・
興味のあることだから勉強は楽しい。あと守っていることは、週に2回筋トレとストレッチをすることだ。これはダイエットでも美容のためでもなく、老化防止のため。
ぽっくり死ぬ前まで毎日働いて生きることが目標だから。こんなに真面目な親から、どうしてあんな息子が生まれたんだろう?
買い物へ行くと時々マスターと鉢合わせになる。でも声はかけない。マスターにとって買い出しは命がけで真剣そのもの。声をかけられるムードじゃない。
魚の並んだ冷蔵庫を挟んであちらとこちらにいるのに知らないふりをしている。だけどこの前西友からキャベツ片手に出てきた時は「万引きかい!」と突っ込んだ。
スーパーの袋一枚2円だからだと思う。いつもコックの格好で、自転車で二駅先まで買い出しに行くマスター。人波を縫って走るハンドルさばきにキレがある、現在75歳。